2013年6月10日月曜日

アラビアンナイトと北アフリカの物語 写本ワークショップ(2013年6月9日)


アラビアンナイトと北アフリカの物語 写本ワークショップ

 6/9に京都で開催された写本ワークショップに参加してきたので、その内容についてまとめて(?)みました。ワークショップでは参加者が5つのグループに分かれて、最初にタルシューナ教授の2部構成の講演(アラビア語、テクストと通訳あり)を拝聴した後、実際に『百一夜』の写本のコピーを使ってそのテクストを筆写し、教授がその解説をする、という内容でした。講演が予定より30分ほど延長したため、あまり最後の筆写の作業に余裕がなかったのが、やや残念でしたが…
 この『百一夜』はもともとが民衆の口承文学だったために、写本間で内容の差異が大きく、また方言・口語的な要素を多々含むものとのことでした。実際配布された3種類の写本のテクストは同じ個所であるにもかかわらず「てんでばらばら」で、校訂するのは骨が折れそうですが、写本の個性というものを実際に体験するにはよい題材であったように思います。
 校訂の方法論については、写本の描写で一番重要なのが書体の紹介である、という主張や、あまり著者の紹介について言及していないことはやや不思議に思いましたが、文学作品と歴史学の史料で、校訂する際に重視される要素がずれるということかもしれません。教授の扱っている作品はもともと著者のはっきりしない口承伝承をもとにした文献ですし。


日時:2013年6月9日(日)13:00-17:00
会場:京都ノートルダム女子大学 マリア館 ガイスラーホール
講師:国立チュニジア・マンヌーバ大学名誉教授 マフムート・タルシューナ氏
コーディネータ:京都ノートルダム女子大学教授 鷲見朗子氏、東京外国語大学助教 刈谷康太氏

 講演第1部「百一夜物語の写本と千一夜物語との関係」で、タルシューナ氏は、まず、「百一夜物語」の現在知られている写本9点について、その特徴を1点ずつ解説した。なお、氏が70年代にその校訂作業を行ったときには、これらのうち2点はまだ知られておらず、個人蔵の2点も利用できなかったとのことである。
・チュニス写本(2点)…04576;18260
・パリ写本(3点)…3662;3661;3660
・個人蔵写本(2点)
・アルジェリア写本(1点)
・ベルリン・アーガー・ハーン美術館写本(1点)
 これらの写本は何れも18世紀から19世紀にかけて作成されたもので、マグリブ書体で書かれていることは共通しているが、本の題名は別の名称で記載されていることがあり、大きさも様々、内容も写本によって含んでいる逸話、欠落している逸話があるなど差異が大きい。例えばチュニス04576写本の写字生は、「千一夜」から7つの逸話を追加している。また書写年や写字生については不明なことが多い。とはいえ、パリ3662写本のように、その写本に用いられている言葉から、それがチュニジア起源のものであるとわかることもあるとのことである。またベルリン写本は、同じ本に含まれている地理書の部分の化学分析からは西暦1234年作成というデータが出ているが、「百一夜」がこれと同じ時期に作成されたかははっきりしない。
 「千一夜」と「百一夜」の関係については、両者の間にはインド起源でヒジュラ暦4世紀からよく知られた2つの逸話しか共通するものがない。両者ともインド起源の源泉を核に、ペルシア的な源泉や文献・口述のアラブ的源泉が加わって成立した、別々の作品である。ただし「百一夜」には北アフリカ(マグリブ)的要素という第4の源泉がある。
両者のクロノロジーの問題については、ゴドフロワ-ドゥモンビヌ、サヒール・カルマーウィー、クラチコフスキー、エドモン・コスカン、ブルズルスキーらの見解を紹介したうえで、「百一夜」のほうが先行しているとする。特に両者の枠物語のインドのオリジナルとの比較(コスカン)、夜の数の変化(ブルズルスキー)が重要な手がかりである。後者については、インドのオリジナルでは最初夜の数は1晩で4つの逸話を含むだけだったのが、25の逸話に増え、その後100夜、1000夜と増大したとのことである。
 最後に、「百一夜」にはイスラームの影響が少ないこと、「千一夜」の伝承者たちは逸話を付け加え話全体の規模を大きくさせようとする傾向があることが指摘され、2つの本は同じインドの源泉とアラビア語の記述と民衆的な口述の源泉から水を飲み、一方は東方アラブ世界で、他方は西方アラブ世界で有名になった、著述と伝承の時期については「百一夜」のほうが先行する。という結論が述べられた。

 休憩を挟んで第2部へ入る前に、鷲見氏よりアラビア語写本の基本的な用語及び文字の形について説明がされた。
 第2部「写本校訂の方法論」では、タルシューナ氏は最初に、これから述べることが個人的な経験に基づくものであることであると断ったうえで、アラブ・イスラーム文明の盛期の姿を知る上での、写本校訂の重要性について言及した。そして以下の3段階に分けて、校訂の方法論を解説した。

  • 校訂に入る前のこと

 校訂者はまず、写本の時代、分野、さらにその下位のジャンルについて専門とする領域を決めなければならない。そして重要性の高いと考えられるタイトルを1つ選び、その写本を可能な限り集めなければならない。その際に写本を多数所蔵していることで知られる、世界各地の図書館の目録を利用する。


  • 校訂の作業

 集めた写本について可能な限り時代順に並べ、もっとも古い、理想的には直筆の本を選び、校訂の底本とする。その底本によって最後まで一文一文書き写す。それから残りの写本との比較を行い、それらと底本との違いを欄外に注記する。底本より新しい写本に見られる形でも、より正しいと思われるものを最終的なテクストに選ぶこともある。写字生が部分的に誤ることはあるからである。底本の葉数・頁数は、欄外の注か括弧に入れて本文中に記載しなければならない。
 写本の誤りについては、それを本文で保持して注記するか、もしくは正しい単語に改めて余白に写本に見られる形を保持する。他の写本から修正する時は、その根拠となった写本での位置を明記する。稀用語や方言・口語、外国語についても注記すべきで、その数が多い場合には、本の最後に単語帳を作って説明する、もしくはフスハーでの形を記載するのが望ましい。
 韻文については、2行に分けた韻文の形式を用いる。韻律や詩的破格、詩人の名前も記載する。


  • 本の紹介

 その本の重要性を述べ、著者について紹介しなければならない。それから写本の描写と研究、索引等の付録の作成をしなければならない。
1. 本とその内容
 なにより、なぜその本を選択したのか、まずその理由を述べる。その写本が他に例のない稀なものであれば、それに取り組むことは重要な発見となる。
 著者の紹介については、その生きた時代を明らかにし、その仕事の重要性や先進性を証明することを述べる。知識や理論を創始する新たな知識の領域を扱っているのに、写本のままに留まっているために、その先進性や貢献について紹介できないことがある。
例…血液の循環や神経外科?といった医学的な知見が古くから知られていたことについて

2. 写本の描写
 写本の描写には様々な要素が含まれるが、最重要のものはその写本に用いられた書体への言及である。書体には様々な種類がある。書道はアラブにとって非常に歴史があり多様な芸術で、文字を使って鳥や木などを描く書家もいるほどである。それから紙の数やサイズ、写字生の名前や作成の日付も見つかるなら記載する。注で底本との違いを指摘する際に用いる記号も定義する。
 写本の数が非常に多い時は、それを作成の年代、場所、書体等々に依拠して「家族=عائلة」に分類する。

3. テクストの研究
 その内容や叙述方法、様々な側面についての分析ができるように、テクストの分野、ジャンル、源泉、後代の文献への影響に関わること全てについて研究する。

4. 索引
 資料や典拠を全て挙げる。
 校訂作業で参照した資料や、研究で依拠した理論・方法論の典拠、その本が属する領域に関する研究、翻訳についてビブリオグラフィーを作成する。
 そのほか、人名、地名、詩、クルアーンの章句、方言の単語帳も索引を作ることが望ましい。
 最後に、その他写本の頁や挿絵などの画像も追加するとよい。

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